スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

死の悲しみに寄り添われて

2週間ほど前、飼っていた猫が亡くなった。
6歳と10ヶ月だった。私にとっては早かったが、本人(猫)にとってはどうだったかはわからない。
先天性(遺伝子疾患)と思われる病気があったので、亡くなるまでの2年ちょっと介護が必要な状態だった。

以前私は友人とルームシェアをしていた。その友人のつてで猫は我が家にやってきた。
シェアを解消する日が来たら友人が引き取る予定だったが、事情があって私が引き取ることになった。
私が一人で看ることになった時点で、彼(猫)は後ろ脚に麻痺が出ていて、排泄もうまくいかない状態だった。

一人暮らしになってすぐ、彼にあわない薬を飲ませてしまったことがあった。
明らかに危ない状態の彼を見て、夜間救急を受け付けている病院に駆け込んだ。
泣けてきた。私のせいで彼を危険にさらした。
これからもその責任は私がとり続けるのだ。もしものことがあったら、猫にも友人にも申し訳ない。
私がしっかりしなければ、と。

そんな心境で看続けた2年弱。
亡くなったタイミングは私の予想より早く、それはそれは動揺した。私が悪かったのだろうか。。

悲しみの中、メッセージやFB、直接お会いしたタイミングなどでたくさんの方から言葉をかけていただいた。 あたたかい言葉や眼差しに支えられた。
その中で周囲の方々にしていただいて特に嬉しかったことは

・かかりつけの動物病院で、先生やスタッフさんが多くを語らず体をきれいにしてくださったこと 
・亡くなった当日お会いできなかった主治医の先生があとから電話をくださり、「私も驚きました」「残念です」と先生自身の気持ちを話されたこと。私の話に対してはただ相槌のみで聞いてくださったこと
・供花をいただいたこと
・励ましや慰めの言葉無しに、ただ私の話を聞いてもらったこと
・猫と私の関係性に言及しない部分で感じていることを話してくださったこと 

猫を十分看てあげられたのかどうか自信がなかった私にとっては、「彼は幸せだったと思う」という言葉は励ましになった一方で、それ以上に何も言わずにいてくださることが本当にありがたかった。
あと、物(体をきれいにした際に巻いていただいた飾りのついた首輪や供花)も嬉しかった。

私にとっては早いタイミングの最期だったが、それが本人(猫)にとってもそうだったかはわからないのだと冷静に思えるようになった。

これはあくまで私の場合であって、たくさんの励まし、慰めの言葉が必要になる方もいらっしゃると思う。
だからこれは私自身が感じたことの備忘録として。

私は私がしてもらって嬉しかった形でしか他の方に返せないと思うので、いつか同じように感じる方の支えになれるように今の気持ちを覚えておきたい。
関連記事

- 0 Comments

Leave a comment

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。