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同感しなくたって共感はできる

昨年から「同感」と「共感」を使い分けている。
「共感」という言葉は、おそらく「わかるわかるー、それめっちゃ共感する!」という感じで使われることが多いと思う(私自身がそう使っていた)。
しかし今、「わかるわかるー」の後に続くのは「同感する!」に変わった。
きっかけは『「ねえ、私の話聞いてる?」と言われない「聴く力」の強化書―あなたを聞き上手にする「傾聴力スイッチ」のつくりかた』という本。

タイトルだけ見れば傾聴テクニックの本だ。
しかしテクニックよりもっと大事な、傾聴に必要な心構えについて書いてあった。
(実際はテクニックについても書いてあるが、心構えあって初めてテクニックが活かせる)

そもそも傾聴とはなんなのか
「傾聴」という単語を聞いて、こんなことを思い浮かべる人が多いのではないかと思う。
・相手の話を一生懸命聞いてあげる
・相手に気持ちよく話してもらう
・相手を立てる
・自分は相槌を打つだけ
・自分の意見は言わない
・相手の話が気に入らなくても我慢する

しかし本書での傾聴の定義は、
「聴くことを通して、聴き手が自分自身の存在をそのまま受け止めることにより、話し手をそのまま受けとめようとすること。またはそのための技術」

 とのこと。さらに

「自分が楽になるための技術」
ともあった。

相手の話を「聴く」はずが、「自分自身の存在をそのまま受け止める」ってどういうこと?

共感と同感のちがい
なぜ傾聴のプロセスに「自分自身の存在をそのまま受け止める」が入るのかを理解するためには、共感と同感の違いを理解する必要がある。

同感=「賛同」すること。
たとえば相手が「ねこってかわいいよね」と言い、自分もねこをかわいいと思って「わかるわかる、ねこはかわいいよね!」と返す。つまり「私もそう思う」これは同感。

共感=相手の気持ちを理解すること。
「ねこってかわいいよね」と言う人を目の前に、自分がねこをかわいいと思えなかったとしても「この人はねこをかわいいと思っている」ことを理解する。「あなたにとってねこはかわいいんだね」これが共感。
共感するとき、同感(賛同)しているかどうかはどちらでもいい。

人の話を聞くときに、相手の感情と自分の感情をそれぞれ切り分けて考え、相手の感情を理解(=共感)する。そして同時に自分の感情も理解する(自分が自分を受け入れている状態でないと相手の話は聞けない)。これが傾聴に必要とのこと。

ふむふむ。なるほど。

と、読んでいてカール・ロジャーズの名前が出てくる。
…「共感的理解」ってこのことかぁ。
大学生で学んだときはよくわからなかったが、今はストンと腑に落ちる。

ご高齢者と接していて思うこと
ご高齢者と話していると、ネガティブな発言を聞くことが多い。
「私オンチだから」
「声が出なくなって」
「昔はできたんだけど」
「もう先は長くないから」
などなど。

それに対して
「またぁ~、そんなことおっしゃって!」とか
「いやいや、お上手ですよ!」とか
「まだまだ全然いけますよ!」とか
根拠のないポジティブ返答はしたくない。
なぜなら、私がもしそう返されたら「あ…わかってもらえない」と悲しく、あるいは寂しく思うだろうから。

じゃあどうやって返せば?という疑問に対し、この本はヒントをくれる。
三味線を弾くなど音楽の教養がある女性が、「私は本当にオンチでね」とおっしゃったとき。
病気の後遺症で構音障害や手の震えがある男性が、その症状を私に説明するとき。
いつも冗談ばかり言う男性が、寂しそうな顔で「自分でもわかるんだよ、だんだん頭がバカになっていくのが」とおっしゃったとき。

私に対して、前向きとは言えない気持ちを見せてくださる方がいる。
私はそれを受け止める。
同感が難しくても、共感はできると思うから。

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