幸せなら手をたたきたいのか問題

坂本九さんの名曲「幸せなら手をたたこう」。
この曲を一度も聞いたことがない人を探すのは難しいと思う。みんな知っていて、みんな歌える。

この「みんな知っていて、みんな歌える」というのは、複数の人間が集まって歌を歌うときに非常に重宝する。私自身、プログラムの一番最後の曲は「ふるさと」にすることが圧倒的に多い理由はここにある。認知症が進んでいて会話が難しい方も、若い職員さんも、みんな歌える。そして、歌っていると様々な声が集まる。「何度歌ってもいい曲だと思う」「おれは東京出身だからいわゆる“田舎”がないけど、それでもこの曲はなんだか心に沁みる」…ふむふむ。「歌ったなぁ」という実感を得ると共に、心に残る何かをじーんと感じるのにやっぱりこの曲が適しているな、と思ってまた「ふるさと」を使う。

では「幸せなら手をたたこう」はどうか?

幸せなら手をたたきたいのか問題
正直、私はこの曲を介護現場では滅多に使ってこなかった。使えないのだ。

だって、歳をとって体も頭もいうことをきかなくなってきてるなぁと実感している人が、自分より若くて元気で(もしかしたら)幸せそうな人から「はーい、幸せなら手をたたきましょう~!ポンポン!」とか言ってこのこの歌を歌われたらどう思うのだろう?いや他の人がどうかはわからないけれど、私だったら嫌だ。「幸せならって、、幸せじゃないよ!」と思うかもしれない。あるいは「まぁ幸せだけど、私よりずっと若い小娘のあなたに言われる筋合いはないわ」と思うかもしれない。え、ひねくれていますか?(笑)
この歌は曲調が明るい。明るい歌を目の前に、幸せじゃなさそうな顔をして手拍子をしない自分は周囲から「空気読めないなぁ」などと思われるんだろうか…なーんて考え始めたら、他人は他人、自分は自分と思っていても、やっぱり居心地が悪くなるんじゃないかと思う。

今想像するだけで嫌なのだから、歳をとったらもっと嫌になるかもしれない。逆に歳をとって感覚が変わることもあるのかも?どちらにせよ、現時点で自分が嫌だと感じることを人にはできなかった。

それなのに、この曲はそこかしこで「なんか楽しくてみんなで手拍子できてお手軽に使える曲だよね~」と多用されている気がする。そして「誰にとってもそういう曲でしょ?」という無言の圧力も感じられる(これは被害妄想だろうか?)。

「幸せなら手をたたこう」のルーツ
当たり前だけれど曲自体に罪はない。私はこの歌を明るくて素敵な曲だと思っている。私の生まれた群馬県太田市は、隣の大泉町に続いてブラジル人が多かった。クラスにはブラジル人が必ずいて、担任の先生が「幸せなら手をたたこう」の歌詞をポルトガル語に訳して教えてくれた。みんなで覚えて一緒に歌った。楽しかった。

私が引っかかっている「幸せなら手をたたこう」というフレーズはどうやって生まれたのか?ここに答えがあった。

1954年、当時、25歳の早稲田大学大学院生(木村利人さん)がフィリピンの農村でボランティアとしてYMCAのキャンプに滞在したときに、現地の一人の青年(TV放送では、ランディという名前で登場)と出会ったことがきっかけだったということです。
トイレづくり等の作業に奉仕していた木村さんを現地の人々は決して温かく迎えることはありませんでした。「死ね!日本へ帰れ!!」と厳しい言葉を向ける現地の人々の脳裏には、日本兵に村を焼かれ、家族や友人知人、あまたの人が虐殺された第二次世界大戦の傷が生々しく残っていたからです。ただ一人友好的な態度をとってくれていたランディも、実は大切な家族を目の前で日本兵に殺される経験を持っていました。

日本兵がフィリピンの人々に与えた取り返しのつかない罪の重さに打ちのめされた木村さんは、葛藤に苦しみながらも彼を受け入れようとしてくれたランディのやさしさに応えたいとの思いを募らせます。
現地の子どもたちが歌うスペイン民謡のメロディーを基に、互いに傷つき合いながらも、理解し赦しあうことへの希望を込めて作詞にあたった木村さんの心に浮かんだのが、聖書の次の言葉です。 (詩編47編) すべての民よ、手を打ち鳴らせ。 神に向かって喜び歌い、叫びをあげよ。

「日本は第二次世界大戦のような過ちを二度と繰り返さないために、戦争の放棄を誓い、平和構築の憲法をもった。でも、戦地の人々に与えた苦しみは海外に置き去りにしてきたのではないか」という番組の中のナレーションが私の心に重く残りました。
その後、「幸せなら 手をたたこう」は、"歌で世の中を平和にしたい。苦しんでいる人々に希望の光を届けたい"という多くの人々の願いと共に、さまざまな経緯を経て世界中に広がって行きました。

引用元:幸せなら手をたたこう~誕生秘話と平和への願い

想いは戦争からの平和にあり、歌詞のヒントは聖書の言葉にあった。
ようやくこのフレーズに納得した。

歌の背景に想いを寄せること
歌詞のルーツを知って、私にとってはますます「なんか楽しくてみんなで手拍子できてお手軽に使える曲だよね~」ではなくなった。でも、

楽しいと感じるかどうかは本人が決める。手拍子するかどうかも本人が決める。

そう思いながら、戦争から生まれた平和への祈りの歌だとわかって歌うのなら私にもできる。
今度現場で戦争の話が出たら、この曲をみなさんに提案してみようと思う。
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