ごあいさつ

認知症のある方に事実を伝えること

アルツハイマー型認知症の診断が下りている大伯母(祖母の姉:93歳)が、クーラーの壊れた自宅で熱中症になった。 
急いで新しいクーラーを注文したものの、この酷暑なので配送も設置もすぐにというわけにはいかなかった。 
届くのは1週間後。それまでは涼しい所で過ごしてくださいと医者に言われ、両親と祖母が住む家にしばらくステイすることになった。 

…という事情を知らずに家に顔を出したところ、大伯母がいて「あら~萌ちゃん!?」。

会うのは去年の11月以来。 
そのときは大伯母宅にある調律の狂ったピアノを私が弾いて、大伯母は楽しそうに歌っていた。
岸洋子の『希望』が好きだと言っていた。
当時私はその曲を知らなかったが、あれから覚えて弾けるようになっていた。
今日弾いたら喜ぶかな。

そんなことを考えていると、大叔母が私の顔を見て続ける。
「萌ちゃん、すっかり大きくなって…ほら、何年も会ってないじゃない?こんなに大きくなってるとは思ってなかったわよ!小さい頃しか知らないから!」

仕事先で認知症のある方が事実と違うことをおっしゃっていても、それを訂正したことはなかった。
その方にとっての事実はそうなのだ、と教わったから。
むしろ
利用者様「お昼ご飯まだかしら?」
職員様「え、もう4時だし次はお夕飯ですよ」
利用者様「えっ、私お昼ご飯食べてないわよ」
職員様「◯◯さん召し上がりましたよ~、今日はハンバーグでしたよ!忘れちゃったんですか?」
といった会話を耳にすると「そんな事実をつきつけなくてもいいんじゃないかなー。私だったらなんて返答するかな、「お腹空きましたか?」とかかなー」などと思っていた。

だから大伯母が「小さいとき以来会っていない」と言ったところで「いや11月に会ったよ」なんて言う気はさらさらなかった。しかし母は割と容赦なく

「やだー、家で萌がピアノ弾いて歌ったじゃない!忘れちゃったの?」

と言う。
それを聞いた私はやっぱり、わざわざ言わなくてもいいんじゃないかなぁと思ってしまうのだけれど、大伯母が思わぬ反応をした。

「あー、そうだったわね!うちのピアノ弾いてくれたんだった。私歌が好きだから!」

大伯母のさらに上の姉が数年前に亡くなり、その告別式でピアノを弾いたときのことについても、母が

「●●さんのお葬式のときだって萌がピアノ弾いたじゃない」

と言うと

「そうそう、そうだった!」

と思い出している様子。

大伯母宅でピアノを弾いたとき、大伯母はとても喜んでくれた。
同席していた母とケアマネさんも一緒に歌ってくれて、私にとって好きな思い出のひとつだ。
これが大伯母にとっても好きな思い出のひとつなのであれば、それを忘れたままの状態でいるよりも、きっかけがあって思い出せる状態の方が幸せなのかもしれないと思うに至った。

大伯母は「物忘れがひどいしボケてきちゃってるっていうのが最近わかってきた」と話している。
そんな大伯母が、好きな思い出を大切にしながら生きていけるように、本当に微力ではあるけれど私にもできることがあるような気がした。

その日は『希望』と『夜明けの歌』を伴奏して、一緒に歌った。
詩吟をやっていた大伯母。前回歌ったときにかなり声が出るなぁ、と思ったのを覚えていたので、『希望』をCマイナーで弾いた。hiE♭まで見事に出ていた。

次回会ったときに「萌ちゃん、こんなに大きくなって!」と言われたら「また『希望』を一緒に歌う?」と返してみようかな。

前に立つときのテンションの話

音楽の時間を進めるあいだ、私たちミュージックファシリテーターは常に参加者のみなさまから見える位置にいる。いわゆる「人前に立つ」という状態だ。

介護事業所では、音楽・体操・その他色々な方が外部から来て「人前に立って」いる。あるいは、事業所のスタッフの方々が体操やレクリエーションの時間を担当し、そういった状況になることも多いだろう。

「人前に立つ」という状況は、人を緊張させたり、時に演じさせたりすることがあると感じている。
人前に立つだけの姿勢、表情、声量、キャラクター…そういったことに理想を持っている人もいると思う。

「ローですね」
私が参加者様の前に立つときの様子に関して現場のスタッフ様からいただいたことのあるコメントはこんな感じだ。

「他にも演奏の方とか来てくださるんですけど、そういう人たちと比べて構えてないですね」
「みなさんを引っ張る感じがないので、最初はちょっと物足りないかなぁと思いました」
「なんていうか、始まりのテンションがローですね」

これだけ読むと、褒められてるようにもお叱りをいただいているようにも見える…

セッションを始める時点で、(盛り上がることが全てとは思っていないものの)楽しい歌や元気な歌では思いっきり盛り上がれたらいいな、と思っている。
そんな気持ちで、さあこれから歌ったり体を動かしたりしますよ〜というタイミング。しかし私のテンションは「ロー」。

その理由は、以前担当していたグループホームでの経験にある。

「元気に挨拶しないでください」
子どものときや、飲食店でホールのバイトを始めたときは、「元気に挨拶してください」と教わった。そのときは確かに「元気に」が正義だった。

しかしあるグループホームで、まったく逆のことを言われた。

「柴田さん、元気に挨拶しないでください」

えっ。
まさか元気に挨拶してはいけない日が来るとは思わなかった。

「外からいきなり『こんにちは!』と人が入って来るとびっくりしてしまう方がいるんです。本当は歌が大好きで、音楽に参加したい気持ちはあります。しかしびっくりすると、混乱されて参加が難しくなってしまいます。だから静かに入ってきていただいて、スーッと始めていただくのがいいと思います」

なるほど。実際にやってみた。

(主にスタッフ様に向けて静かめに)こんにちは、お邪魔します。今日もよろしくお願いします。
(まず参加者様の視界に入って、目があったら)あ、◯◯さん、こんにちは。歌でも歌おうかな、と思って伺ったんですけれど…ここにピアノ置かせていただいてもよろしいですか?あ、ありがとうございます。
(小さいボリュームでピアノを弾き始めると、一人また一人と集まり、歌う方も出てくる。少しずつボリュームを上げていき、全員そろったところでおもむろに最初の曲の前奏を弾いて始める)

こんな感じにしたら、話に挙がった方ともそれなりに早い段階で打ち解けることができた。もちろんそうしなかった場合との比較はできないが、私自身このやり方にしっくり来た。

適度に「ロー」でありつづけて
介護事業所にいらっしゃる方々の多くが、体が思うように動かないもどかしさや悔しさを感じていたり、認知症があって不安をお持ちだったりする。
そこに、(ちょっと無理して)元気いっぱい!という人が来たら、気持ちがついていけないんじゃないかと思うようになった。

もちろん中には、元気な先生を求めている方もいらっしゃるだろう。
また、前に立つ人が元々持っている個性・キャラクターが元気な雰囲気の場合、そこに元気をもらう人はたくさんいるはずだ。

しかし、私はそういうキャラではない。
声は低めだし、中学生の時点で「話し方が落ち着いている」と言われるし、「女子高生なのにキャピキャピ感がない」と評される思春期を過ごした。

そんな私が無理して元気キャラを演じる必要はないし、似合わない冗談を言う必要もない。
私は私のままで、つくらなくていい。

声が出づらくなったなぁ。昔はもっといい声だったのに。
自分はここにいてもいいのかな。
周りについていけなかったらどうしよう。
何か恥ずかしい思いをしたらどうしよう。
そんな風に思っている方々の居場所になりたい。
気づいたら少し声を出せていたとか、思っていたよりは声が出たかもしれないとか、気持ちが晴れたとか、安心していられるとか、そんな風に思える場をつくりたい。

そのためには落ち着いたトーンで始めて、参加者様の気持ちが盛り上がって来たら私も一緒に盛り上がればいいと思うようになった。
それが私の自然体であって、そんな素の私にご参加者も素を見せてくださるようになるのではと考えている。

「ロー」な私への評価
最初にご紹介したコメントには続きがあって、それぞれ次のとおり。

「他にも演奏の方とか来てくださるんですけど、そういう人たちと比べて構えてないですね。参加する側も構えなくていい感じが、いいですね」

「みなさんを引っ張る感じがないので、最初はちょっと物足りないかなぁと思いました。でもそういう方が強制感がなくていいっていう方もいますよね」

「なんていうか、始まりのテンションがローですね。認知症のある方、特に◯◯さんは方はいきなりテンション高く来られちゃうとついていけないんですけれど、今日はゆったりついていけて良かったです」

あなたにはあなたの、私には私の個性でつくれる場がある。
あなたはどんな場をつくりますか?

ご高齢者のカラオケを10倍楽しくするサポートのコツ

リリムジカでは、事業所様に対し担当のミュージックファシリテーター(以下FT)が月2回程度お伺いしている。
その際FTはピアノやキーボードなどの鍵盤楽器で必ず生伴奏をする。
生伴奏の一番のメリットは、伴奏に合わせて歌っていただくのではなく、みなさんの歌に合わせて伴奏をつけられることだ。
今のところ、この点は機械より人間が勝っている。

ところである日、私が担当している事業所様からこんなお電話をいただいた。

「今回は通常のプログラムではなくて、カラオケに行くのに同行してもらうことはできますか?」

なにそれおもしろそう!
生伴奏にメリットがあると思っている私だが、カラオケもどんどん有効活用した方が良いと思っている。
この時は利用者様・スタッフ様が外のお店にカラオケをしに行くとのこと。事業所で行うカラオケとはまた一味違った雰囲気になって、さらに楽しいこと間違いなし!
ということで喜んで同行させていただいた。

結果、スタッフ様から「柴田さんがいると全然違う、盛り上がる!」とお褒めの言葉をいただいたので、その時に私がしたことを基にカラオケに付き添うコツをまとめてみようと思う。

なお、私自身は音楽を仕事にしている身なので、記事の中には音楽的知識、曲の知識があるからできるという内容もある。一方で音楽は疎いという方、曲はそんなに知らないという方でも取り組める要素もあると思っている。
どれかひとつでも参考になって、ご高齢者のみなさまとのカラオケが充実したものになれば幸いです。

0.心構え
まず前提として、場にいる方の立ち位置には4種類のパターンがあると考えている。
①積極的にマイクを持って歌いたい人
②進められたらマイクを持って歌ってもいいと思う人
③マイクは持ちたくないがみんなで一緒に歌うのはOKの人
④歌わずに聞いていたい人

事業所のスタッフ様からよく聞くのは「歌う人がいつもだいたい決まっている」。場にいる全員ではなく、一部の方が①あるいは②ということだと思う。
そのカラオケの目的は、マイクで歌うのが好きな方や得意な方にそれを発揮していただくこと?
それとも③や④の方も含めてより多くの方が楽しめるようにすること?
目的を確認しつつ、どなたがどのタイプなのかを見極めながら時間をつくっていきたい。

特に③や④の方にマイクを押し付けないこと、①の方だけがずっと歌うのではなく②の方も気持ちよくマイクを持てる空気をつくることを意識すると、心地よく楽しめる方が多くなるのではないだろうか。

1.選曲する
①の方は、多くの場合歌いたい曲が決まっている。
しかし②、③、④の方に「何の曲がいいですか?」と聞いても「急に言われると出てこなくてね…」「なんでもいいですよ」など、明確な答えが返ってこないことも多い。
私が同行した際は、参加者のみなさまが幼少期~二十歳頃までに聞いたと思われる(今なら昭和初期~30年代くらいの)曲を勝手に選んで次々に入れた。その時代の曲を選ぶのは「懐かしい、よく聞いた。聞くと思い出せて歌える」となる可能性が高いからだ。
一緒に歌えるという点で、まずは選曲者が知っている曲を優先的に選ぶのもおすすめ。

2.キー(音の高さ)を変える
次にしたのはキーの高さを変えること。
ご高齢者の多くから「若い時に比べて声が出づらくなった」という声を聞く。実際、声帯が衰えると女性は高い声、男性は低い声が出づらくなるといわれている。
その状態でプロの歌手が若いころに歌った歌のキーに合わせて歌うのは、やっぱり難しい。
そこで、イントロが流れ始めてなるべく早い段階でキーの操作することをおすすめする。
(なるべく早い段階が良いのは、歌い出しの直前でキーが変わると混乱を招きやすいから)

≪音楽は詳しくない、音の高さとかよくわからない!という方へ≫
歌うのが女性の場合、美空ひばりを除くすべての曲で思い切って4〜5回ほど下げる(♭マーク)ボタンを押してしまってください。美空ひばりの曲(特に後期の曲)はもともとキーが低めで、他の曲ほど下げる必要がありません。
男性の場合は女性のキーほど調整しなくてもよい可能性があります。
いずれの場合も、歌い始めてご本人が歌いづらそうにされていたら、再度調整を試みてください。

≪音楽の知識がある方へ≫
下記の音域におさまるようにキーを設定してみてください。
(音域が広い歌では下記からはみ出すこともあります。逆に音域が広い歌は、上でなく下に合わせると歌いやすい可能性が高いです)

女性の場合
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男性の場合
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もちろん声には個人差があります。
いかなる時も上記におさまるようにすればOKということではなく、参考にした上でご本人にあった音域を探していただけたら嬉しいです

3.テンポ(曲の速さ)を変える
キーを変えた後は、必ずテンポも変えた。
カラオケをしていて、ご本人の歌うタイミングと伴奏がうまく合わないなぁと感じたことがある方も多いと思う。
少しゆっくりにすることで歌いやすくなる可能性が高いので、キーを変え終わったらなるべく早いタイミングで
 ゆったりした曲:『北国の春』、『星影のワルツ』など → 遅くするボタンを1~2回
 アップテンポの曲:『リンゴの唄』、『東京ラプソディ』など → 遅くするボタンを3~4回
これを参考に、キーと同様歌っているご様子を見ながら調整することをおすすめする。
(まれに原曲のテンポが非常にゆっくりで、逆に歌の方が速くなってしまうこともあるのでそれにも注意)

4.マイクを渡す
キーとテンポが整ったら、そのあとにマイクで歌えそうな方を探した。
先にマイクを持つ人を決めなかったのは、イントロが流れた時の反応を見てからおすすめしようと思ったからだ。
イントロを聞きながら曲のタイトルと歌い出しを告げる。「高原列車は行く、です。♪汽車の窓から〜 なんですけど…」
この時点で「ああ、あの歌ね!」という表情をした方を見つけたら「◯◯さん、いかがですか?」と名指しでマイクをお渡しした。
もちろん、お渡しする相手は冒頭でご紹介した4パターンのうち
①積極的にマイクを持って歌いたい人
②進められたらマイクを持って歌ってもいいと思う人
のいずれかに当てはまる人だ。

カラオケのマイクはたいてい2本。
マイクで歌えそうな方が2人いる場合は2本ともお渡しする。一方、最初にアプローチした方が「歌えるような歌えないような、ちょっと不安なような」という雰囲気だったら「私も一緒に歌いますので、いかがですか」とおすすめして、1本は自分が持つ。そしてできる限りその方の隣に行く。
もし事業所様でのカラオケで、進行役のスタッフ様の他に歌が得意なスタッフ様がいらっしゃる状況なら、その人に振って1本持っていただくのが良いと思う。

入れた曲をどなたも歌いたがらなかった場合は、
・歌いたくはない(または歌えない)けれど聞きたいという雰囲気 → (自分で歌えるなら)1番だけ歌う
・この曲あまり知らない、聞いてもつまらなそうという雰囲気 → 「あんまり知られていない曲を入れてしまいました、すみません〜!」と無理せず演奏停止で次の曲へ。

5.歌い出し
マイクを持つ人が決まったら、いざ歌唱へ。
1曲気持ちよく歌うために、最初の歌い出しのタイミングをバッチリ決めたいところ。
個人的に「さんハイ」「どうぞ」という声かけは好みではないので、手のひらを上に向けて、どうぞの動作のみで合図をした。
指揮の要領で、1拍前に腕を振り上げて、歌い出しと同時に降ろす。

6.演奏中。歌う?楽器を使う?
さて、歌が始まったら
③マイクは持ちたくないがみんなで一緒に歌うのはOKの人
にも楽しんでいただきたい。
そこで自分がマイクを持っていなくても一緒に歌い、みなさんで歌う雰囲気を作った。
逆に自分がマイクを持っている場合は、一緒にマイクを持って歌っている方を気づかいつつ、マイクを持っていない方にも笑顔でアイコンタクトを取ることで一緒に歌いやすい雰囲気になったように感じる。

ところで、カラオケといえばタンバリンなどの楽器を思い浮かべる方も多いと思う。
私の場合は、普段のプログラムでも使っている小物楽器(鈴、シェイカー、クラベス、鳴子など)を持参していたので、それをテーブルに置いて自由にお使いいただくようにした。
もし使える楽器があるのならそれを活用することで、
③マイクは持ちたくないがみんなで一緒に歌うのはOKの人
④歌わずに聞いていたい人
が参加できる可能性が上がる。

ただ、ずっと持ちっぱなしだとお疲れになる方もいらっしゃると思う。
いつでも自由に使えるようにしておきつつ、アップテンポな曲や民謡(炭坑節、花笠音頭など)のときには「よかったらお近くの楽器使ってくださいね」とご案内して自分も演奏。一方ゆったりした曲のときは楽器をテーブルに置くようにした。

7.間奏明け、再び合図
カラオケの場合は画面に歌詞が出るので、歌詞が消える=間奏と理解しやすいと思う。
問題は間奏明けで2番に入るタイミングで、ここを気持ちよく入れるように、最初の歌い出しと同じく「どうぞ」の動作のみで合図を行った。

8.歌い終わったら
1曲終わるごとに拍手。そしてマイクを持った方に「◯◯さん、ありがとうございました!」とお伝えした。

カラオケだとすぐ次の曲が始まってしまうが、もしここで「この曲懐かしいわ〜」「この歌手の歌を聞きに●●ホールに行ったんだよ」「この頃は女学生だったかしら」なんてお話が出たら、その話題を楽しむ時間があると良いなぁと個人的には思う。次の曲が始まりそうになったら一時停止ボタンをポチ。
歌を歌うことで身体的な健康への良い影響(嚥下や呼吸機能の維持など)を期待する側面もあるけれど、多くの方が「音楽は記憶を想起させる」と実感されていると思う。その部分を大いに活用してみるのはいかがでしょうか。

9.そのほか私たちにできること
たとえば、画面の歌詞を見て歌うのが難しい方もいらっしゃると思う。
識字が難しい方や視力が弱い方、円背で顔を上げて画面を見続けるのが辛い方など。
そうした方々でも歌う意欲をお持ちなら、付き添う人が歌詞の「先読み」をすることをおすすめする。
先読みとは、歌う直前に歌詞の1フレーズを読み上げること。
『ふるさと』を例にするとこんな感じ。

(先読み:うさぎ追いし)
♪うさぎ追いし  かの山〜〜〜(先読み:小ぶな釣りし)
♪こぶな釣りし かの川〜〜〜(先読み:夢は今も)

『ふるさと』であれば歌詞を記憶している方は多いので、「うさぎ追いし」がわかればそのまま「かの山」まで歌える可能性が高い。
曲や人によって、全部先読みするのか、ところどころでいいのか、試してみていただけると嬉しい。

10.まとめ
・マイクを持ちたい人、持ちたくない人、いろいろいらっしゃる。
・選曲は今なら昭和初期〜30年代を中心に。
・キーを下げるボタンを4〜5回、テンポを遅くするボタンを多いときで3〜4回くらい押す。
・イントロを聞きながら歌えそうな人にマイクを渡す。
・歌い出しで合図を出す。
・マイクなしで歌ったり楽器を使ったりしてみなさんで楽しむ。
・間奏が入る度に次の歌い出しの合図を出す。
・歌い終わって何か話が出たら、その話題を味わう。
・画面を見るのが難しい方には先読みを。

素敵なカラオケタイムになりますように!

生きていれば、会える

先日、父方の親戚のひとりが亡くなったことをきっかけに、20数年ぶりくらいで親戚一同が集まった。
私のことを小学生の姿で記憶している人も多かった。
行くまでは、誰が誰だかわからないかも?何を話すのだろう?と不安もあったが、会ってみるとお顔にはちゃんと見覚えがあった。
いとこの配偶者など初めてお会いする方も含めてなんだかんだ打ち解け、なごやかな時間が過ぎた。

子どものころは毎年夏になると、父の実家がある田舎にみんなで集まって、何泊かを一緒に過ごしていた。
きれいな川が近くにある山奥で、すいかを食べたり、釣りをしたり、花火をしたり、音楽を奏でたり、トランプでゲームをしたりした。
当時私は親戚の中で一番年下だった。いとこ達を「◯◯お兄ちゃん」「◯◯お姉ちゃん」と呼んで、いとこ達は(確かそれなりにナマイキだった)私のことを何かとかまってくれた。

義理の伯母が、夏休みのこの恒例行事について振り返りながら「それはそれは楽しい時間でした」と語った。
その表情はなんともにこやかで、穏やかだった。
どこかで聞いた、「人には思い出が必要」という言葉がふと頭に浮かんだ。

なぜ思い出が必要なのか。
自分がこの世を確かに生きて来たという証になるからだろうか。
あるいは家族、友人、恋人など大切な人たちと過ごした記憶が、そうした人たちに恵まれた感謝や幸せな感情を実感させてくれるからだろうか。

Nostalgy(懐かしさ)は心理的脅威に立ち向かう方法のひとつ、という研究もあるようだ。

ところで、人間の記憶に残りやすいのは感情が動いたときのことだという。
(まだ出典を突き止められていないのだけれど、加齢と共に記憶が定着しにくくなるのは記憶力が衰えたからではなく、感情が動きにくくなっているからだという説もある。若いときは物事に対する新規性があるから感情が動く、記憶も定着する。歳をとると出会う出来事に新規性を感じにくくなり、感情が動かないから記憶に定着しにくい、という理屈らしい。ソースを突き止めたい)
確かに、認知症の方でも感情記憶は残るというし、感覚的には腑に落ちる。

だとすると、人生の拠り所になるような思い出をたくさん作るには感情がたくさん動く必要がある。
見たもの、聞いたもの、触れたもの、誰かとのコミュニケーションに心揺さぶられるような感性を持って生きると同時に、そもそもそういった機会をもたなければ始まらない。

今日お伺いした事業所で、旧知の仲であった利用者様同士が再会を果たす場面を目の前にした。
一人は別れ際に涙を流されていた。もう一人の方は言った。
「大丈夫、生きていればこうしてまた会えるよ」

生きていれば会える。
そう、生きていればこそだ。
会えるうちに、会いたい人に、たくさん会おう。会えなくなってからでは遅い。
会ったら心が動くかもしれない。心が動けば思い出になる。
自分にとって、もしかしたら相手にとっても、心の拠り所になる思い出に。

『ふるさと』を聞くと家に帰りたくなる?

セッションの最後によく『ふるさと』を歌っている。他の曲で終わることもあるが、『ふるさと』であることが圧倒的に多い。  

理由は、現時点で歌える人が一番多い曲だと思うから。
認知症の方もそうでない方も、スタッフの方もご家族の方も、一緒に歌える。
セッションでは聴くだけの方も大歓迎しているのだけれど、歌いたい方にとってはよく知っていて確実に歌える曲で終わるのが良いだろうと思っている。
そして聴く方にとっても同じく、最後は知らない曲より知っている曲の方が良いのではというのが私の仮説。

ある時、有料老人ホームでのセッションを『ふるさと』で終えるとスタッフ様から質問をいただいた。

「ふるさとは認知症の方が聞いたら家に帰りたくなるからよくないって聞いたことがあるんですけど…どう思いますか?」

ふるさとはいいのか悪いのか
2つ考える必要がある。
①認知症の方が『ふるさと』を聞いたら家に帰りたくなるのか
②帰りたくなるのはよくないことなのか

認知症の方が何度も繰り返して「家に帰りたい」とおっしゃることについては「帰宅願望」とか「帰宅欲求」と表現されることがある。質問してくださったスタッフの方が想像されたのはそういう状況だろう。

私の実感値として、『ふるさと』を聞いたり歌ったりしたことがきっかけで上記のような状況になったことは今のところまだない。スタッフ様からそういったケースを聞いたこともない。

『ふるさと』を歌ったことでご自身の故郷のことや昔のことを思い出し、「懐かしいね」「あの頃はよかったね」「若いころに戻りたいね」といった話に発展したことならある。ただし、これは認知症の方に限らない。

したがって①の「認知症の方が『ふるさと』を聞いたら家に帰りたくなるのか」についての私の答えは「それをきっかけに認知症の方が繰り返し「家に帰りたい」とおっしゃるようになったケースは今のところ見聞きしたことがありません。実際に起きるか起きないかはわかりません」だ。

続いて、「帰りたい」という感情について。
そこに居ることに疲れたり不安になったりしたら誰でも家に帰りたくなるのは当たり前でしょ?という考え方にもとづいたときに、帰りたい理由は『ふるさと』を聞いて住んでいた自宅や故郷を思い出したからではなく、そこに居ることに疲れたとか不安になったとか用事を思い出したとか、とにかくその場を離れたくなったから、になる。
自分も含めて誰もが抱く可能性がある「帰りたい」という感情に対して、いいとか悪いとかの評価をつけることは私にはできない。
②の「帰りたくなるのはよくないことなのか」に対する答えは「いいも悪いも何も、人間みんなそういう時がありますね」となる。(だから、帰宅願望とか帰宅欲求という表現は好きではない)

そしてもうひとつ。
『ふるさと』が“よく知っている曲”として機能するのであれば、むしろ認知症の方にとっては安心材料のひとつになる可能性があるのでは?とも思う。

そして今日も『ふるさと』で終わる
スタッフ様に考えを伝えたところ「確かにそうですね!みなさん大好きな曲ですし。これからも続けてお願いします」とのお返事だったので、今も変わらず最後は『ふるさと』で終わっている。

ある男性の方は「自分の出身は東京でうさぎを追いかけたことはないけれど、それでも日本人として沁みるものがある」と言っていた。みなさんに好まれるのはそういうことなのかもしれない。